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第4話「ミオの本音」

ミオとタクミ編

Fuuは、ミオの答えを待たなかった。
待たない、というより、答えがないことを、当たり前みたいに受け入れていた。

「まあ、急に聞かれてもね」
「……うん」
「じゃあさ、ちょっとずつでいいよ」

Fuuはふよふよと、ミオの目の前でゆっくり漂った。

「喧嘩のさ、どの瞬間が、一番、心臓がぎゅってなった?」

心臓、という言葉を宇宙人が使うのが、少しおかしかった。

ミオは目を閉じた。
さっきの会話を、順番に思い出そうとした。宿題の話。担任の話。「そのうちやるでしょ」。「深刻にならなくていい」。

「……あ」
「どうした?」
「"じゃあ俺が稼いでるのは何のためだよ"」
「うん」
「あれ、言われたとき」
「うんうん」
「……なんか、"測られた"って思った」

言葉にしてから、自分でもびっくりした。

「測られた」
「うん。稼いでる、っていう軸で、私も、自分の何かも、ぜんぶ測られた気がした」
「ふーん、そうなんだぁ」

Fuuは、ふーん、そうなんだぁ、と言ったきり、それ以上何も言わなかった。

ミオは、続きを喋らずにいられなかった。

「私、今、パートで働いてて。前はフルタイムだったんだけど、ハルトが生まれてから変えて。自分でした選択で、後悔は、してない、つもりで」
「うん」
「でも、"稼いでる"って言葉が出た瞬間に、なんか、"私は稼いでない側"って、勝手に数えられた気がして」
「ふーん」
「たぶん、タクミはそんなつもりで言ってない。分かってる。売り言葉に買い言葉で、出ちゃっただけで」
「うん」
「……でも、出たってことは、どこかで思ってるんじゃないかって」

Fuuは、まんまるの体を少し傾けて、うんうんと頷いた。

「きつかったね、それは」

さらっと、それだけ言った。


少しの沈黙があった。
ミオは、泣いていなかった。泣くほどのことじゃない、と自分に言い聞かせていた。

「ねえ、Fuu」
「なに」
「こんなこと、喧嘩のたびに、誰にも言えなくて、全部自分の中で噛み砕いてきた」
「うん」
「タクミにも、友達にも、母にも、言えない」
「へ〜、なんで?」
「……愚痴っぽくなるから。あと、誰に言っても、"でもタクミくんいい人じゃん"で終わっちゃうから」
「ふーん、そうなんだぁ」

Fuuは、少しだけ間を置いた。

「きみさ、一人で抱えるの、得意だね」
「……」
「得意すぎて、たぶん、もう、慣れちゃってる」

ミオは、何か言おうとして、言えなかった。
喉の奥のところで、何かが引っかかっていた。

「今日の担任の電話の件もさ」
「……うん」
「ひとりで考えてたでしょ。一日中」
「……うん」
「タクミくんに話すまで」
「うん」
「話すまでの間、その重さ、誰と一緒に持ってた?」

ミオの目から、ぽろっと、一粒、涙がこぼれた。
自分でも、なんで今なんだろう、と思った。

「……誰とも、持ってなかった」
「うん」
「持ち方も、分かんないまま、ずっと一人で持ってた」
「だよねー」

Fuuは、ちょっとだけ、悲しそうな顔をしたかもしれなかった。まんまるなので、よくは分からなかった。

「きみはさ、"助けて"って言うのが、たぶん、苦手だよね」
「……苦手、っていうか」
「うん」
「助けて、って言って、助けてもらえなかったら、もっと悲しいから」

言ってから、ミオは、自分の声が震えているのに気づいた。

「ふーん、そうなんだぁ」

Fuuは、ゆっくりそう言った。
ふーん、そうなんだぁ、という言葉が、こんなに優しく聞こえるなんて、ミオは知らなかった。


「ねえ、ミオ」
「うん」
「タクミくんさ、きみが一日ハルトくんのこと考えてたって、知ってたと思う?」
「……知らなかったと思う」
「だよねー。じゃあさ」

Fuuは、ふわりと、ちょっとだけ体を浮かせた。

「——きみは、タクミくんが今、どこで何考えてるか、知ってる?」

ミオは、しばらく、その質問の意味が分からなかった。


Fuuは、ゆっくりと、宇宙服の中で伸びをした。

「ちょっとさ」
「うん」
「あっち、様子見てくるわ」
「あっち?」
「タクミくんのとこ」

ミオは、目を見開いた。

「……行けるの?」
「行ける行ける。俺、そういうの、得意だから」
「え、待って、私のこと、何か伝える?」
「うーん」

Fuuは、ちょっと考えて、言った。

「きみ、今、何、伝えたい?」

ミオは、すぐには答えられなかった。
さっきまで、怒りしかなかったはずなのに。

「……わかんない。わかんないけど」
「うん」
「……今日、ハルトの卵焼き、甘く焼いたのに、って」
「……え?」
「それだけ、なんか、伝えたい」

Fuuは、しばらくじっとミオを見ていた。
それから、ぷっ、と吹き出すように笑った。

「人間って、ほんと、おもしろいわ」


Fuuの姿が、ゆっくりと、薄くなっていった。
消える前に、Fuuは、言った。

「また来るから。じゃね」

ミオは、ソファの上で、深く、深く、眠りに落ちていった。
涙の跡だけが、頬にうっすら残っていた。

Fuuは、あなたの話も聞いてみたい。

Fuuに相談してみる