第1話「夜の喧嘩」
ミオとタクミ編
時計は二十二時四十七分。
ミオは、ラップをかけ直したおかずを冷蔵庫にしまった。三度目だった。
スマホが光る。「ごめん、もう少しかかる」
「はいはい」
声に出してみると、思っていたより棘があった。誰に向けたのかも分からないまま、蛇口をきつくひねる。
タクミが帰ってきたのは二十三時十分だった。
「ただいまー……」
「おかえり。ごはん、温める?」
「あ、食べてきた。ごめん」
手が止まる。止まったことを、自分で気づく。
タクミはソファに沈んで、ネクタイを緩めた。疲れているのは分かる。分かるけれど。
「ねえ。今日、ハルトの担任から電話あって」
「ん、何」
「宿題、また出してないって。授業中もぼーっとしてるって」
少しの間があった。
「……まあ、そのうちやるでしょ」
「"そのうち"?」
「俺だって小2のころそんなもんだったよ。大丈夫だって」
皿を置く音が、自分の意図より少し大きく鳴った。
「私、今日一日ずっとそのこと考えてたんだよ。担任になんて返事しよう、塾、嫌がったらどうしよう、って」
「……そんな深刻になる?」
「"深刻にならなくていい"って思えるあなたが、羨ましい」
タクミの眉が、少し動いた。
「なに、俺が考えてないって言いたいわけ」
「考えて"ほしい"って言ってるの」
「考えてるよ。仕事しながら」
「その"しながら"が、腹立つの」
言ってから、言い過ぎたかもしれないと思った。でも止まらなかった。
「じゃあ俺が稼いでるのは何のためだよ」
「そういう話じゃない!!」
タクミが立ち上がった。ジャケットを掴む手が、少し震えていた。
「……どこ行くの」
「知らない」
ドアが閉まる音がした。
ミオは、立ったまま、しばらく動けなかった。
テーブルの上に、ラップのかかった冷たいおかずがあった。ハルトの好きな、卵焼き。今日は甘く焼いたのに、と思った。
窓の外を見た。
月が、やけに大きかった。
Fuuは、あなたの話も聞いてみたい。
Fuuに相談してみる